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線虫 C. elegans の温度応答行動の分子神経回路

  • 2012/10/3 

Summary

線虫C.elegansは,しばしば,生命現象の研究に適した「究極のモデル実験動物」と称される。分子遺伝学的解析から,温度受容情報伝達に関わる分子経路の大枠も,しだいに明らかになってきた。

 線虫C.elegansは,しばしば,生命現象の研究に適した「究極のモデル実験動物」と称される。この形容は,C.elegansを用いて,生命科学の多様な分野において他の生物種に先駆けた研究が遂行されてきたためであろう。たとえば,受精卵から成虫に至るまでの細胞分裂の系譜を明らかにすることで,プログラム細胞死が発見さた(2002年ノーベル医学生理学賞)。また,RNA 干渉の発見や(2006年ノーベル医学生理学賞),GFPの生体応用も記憶に新しい(2008年ノーベル化学賞)。
 C.elegansは302個のニューロンを駆使して環境に存在する匂い,味,温度などを感知し応答行動を示す。なかでも,温度走性行動は,飼育温度や飼育時の餌条件によって可塑的に変化する行動であり,神経機能の可塑性を「個体行動- 神経回路- 分子」の階層レベルを統合して解析できる実験系である。温度走性とは,「一定の温度下」で「餌の存在する条件」で飼育された線虫が,温度勾配上で,過去の飼育温度に移動する行動である。例えば,20℃で,餌を与えて飼育された個体は,温度勾配上で20℃の温度域に留まるように行動する(写真左下)。この行動は,「thermotaxis:温度走性」と定義される複雑な行動として知られている。これまでに,レーザーによるニューロン破壊実験などから,温度走性を制御する神経回路モデルが提唱されている(図中央下)。具体的には,温度は線虫の頭部のAFDと呼ばれる温度受容ニューロンで受容され,その情報は,AFDとシナプス結合している介在ニューロンAIYとAIZ, RIAに伝達される。その後,筋肉行動を制御するモーターニューロンの活動を制御して,温度走性を成立させていると考えられる。この神経回路モデルは,環境情報の「入力」から,行動としての「出力」までを,シンプルな神経回路モデルによって説明することを可能としている。分子遺伝学的解析から,温度受容情報伝達に関わる分子経路の大枠も,しだいに明らかになってきた(図右下)。その分子機構は,哺乳類の視覚や嗅覚との類似性が高いことが知られている。

広島大学 大西 憲幸,甲南大学 久原 篤 

 

 

(出典: 学会誌「比較生理生化学」Vol.29 No.3 表紙より)

 

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